2025/07/29
Cell Reports誌: 細胞のゲート『タイトジャンクション』の開閉をコントロールする方法が分かった。
論文解説:ARHGAP12 suppresses F-actin assembly to control epithelial tight junction mechanics and paracellular leak pathway permeability Cell Reports (2025)2025年4月22日にCell Reports誌に掲載された論文ARHGAP12 suppresses F-actin assembly to control epithelial tight junction mechanics and paracellular leak pathway permeability (Cell Reports 44, 115511 (2025). doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115511) は、「大きな分子が細胞の壁を通過するためのゲートの開け閉めの機構」のキープレイヤーを見つけ、新しい興味深いメカニズムを示した論文です。
体の「壁」必要な物を運ぶためのローディングピットとなる、細胞のゲート(門)をコントロールする
私たちの体の中には、さまざまな「壁」が存在します。皮膚や腸の表面、血管の内側など、これらの壁は細胞がぴったりとくっつき合ってできています。この密着構造をタイトジャンクション(TJ)と呼びます。この壁によって外部からの異物の侵入を防いでいるのですが、防ぐだけではなく、実際には必要な物質だけを選んで通すように、ゲート(門)のような非常に大切な役割を担っています。
細胞の壁、どうやってできてるの?
TJは、細胞と細胞をつなぎ合わせる特殊なタンパク質(クローディンなど)と、細胞の内側でそのタンパク質を支える「足場」となるタンパク質(ZOファミリーなど)でできています。この足場タンパク質は、細胞の形を支えるアクチン繊維という骨組みにつながっていて、TJの強さや動きをコントロールしています。
壁の「通り道」には2種類ある
TJの壁を物質が通り抜ける方法には、主に2つのゲート経路、ポアとリーク経路があります。
ポア経路: 主にイオンや小さな分子が通る、いわば子犬や猫が通るゲートのような関門です。
リーク経路: より大きな分子(10ナノメートルくらいまで)が通れる、少しおおきなゲートです。この門は、細胞が一時的に密着を緩めたり、特別なトンネル構造ができたりすることで通過できます。
この論文では「リーク経路がどのようにゲートの開け閉めを行っているのかをARHGAP12とそれに伴うアクチン」に焦点を当てて解析しています。
アクチンの「引っ張り合い」が壁の通り道を操る?
このリーク経路をコントロールする上で、細胞の骨格形成を担うアクチン繊維の「引っ張り合い」、つまり「テンション(張力)」が非常に重要です。アクチン繊維は細胞の形状維持に重要な役割を果たし、細胞膜の近くで網目構造を形成しています。細胞が引っ張られたり、筋肉のように収縮したりする力が働くと、アクチン繊維のテンションが変化します。面白いことに、このテンションが強すぎても弱すぎても、リーク経路が開きやすくなることが分かってきました。まるで、適切な力加減でドアを閉めないと、隙間ができてしまうようなイメージです。これは、TJの壁の機能が、アクチン繊維のテンションによって繊細に調節されていることを示しています。
ARHGAP12:壁の「通り道」を調整する司令塔
このような繊細な調節を可能にする「司令塔」の一つが、今回ご紹介するARHGAP12というタンパク質です。ARHGAP12は、巨大な分子がTJの「漏れ道」を通り抜けやすくする役割を担っています。具体的には、細胞の骨組みであるアクチン繊維の集まり方と、それによって生じるジャンクションのテンションを抑えることで、漏れ道を広げます。
なぜARHGAP12に着目したのか?
細胞内でTJタンパク質の近くにいるタンパク質群を検出する方法を用いた、プロキシミティプロテオミクスを用いて、筆者らは以前にARHGAP12をMDCK-II細胞におけるTJの構成要素として同定していました。他にも他のグループからARHGAP12はRacとCdc42を抑制し、様々な上皮組織においてアドヘレンスジャンクションといわれるTJ近くに存在する複合体に局在することが報告されています。細胞内のRhoGTPaseの活性を抑制するタンパク質の一種で、特に、RAC1の活性を抑制し、細胞の形態変化や細胞移動に関わるプロセスに影響を与えます。ARHGAP12は、エフェロサイトーシス(細胞が他の細胞や分子を取り込むプロセス)など、さまざまな細胞プロセスに関与していると考えられていますが、上皮細胞における機能はまだ分かっていませんでした。
ARHGAP12がどうやって壁の「ゲート」を広げるのか、その仕組みはこうです。
TJにやってくる: ARHGAP12は、TJの足場タンパク質(ZO-2)に引き寄せられて、TJの場所に移動します。
N-WASPを「手なずける」: TJに到着したARHGAP12は、「N-WASP」という別のアクチン制御タンパク質の働きを抑えます。N-WASPは、アクチン繊維が集まって新しい枝を作り出すのを助ける働きがあります。
アクチン繊維の集まりを抑制: ARHGAP12がN-WASPの活動を抑えると、アクチン繊維が過剰に集まって枝分かれするのを防ぎます。
テンションを緩めて通り道を広げる: アクチン繊維の集まりが抑えられると、TJにかかる「引っ張り合う力」(テンション)が緩まります。このテンションの緩和が、結果的にTJの「ゲート」を広げ、より大きな分子が通り抜けやすくなるのです。
実際にARHGAP12がない細胞(ARHGAP12 KO細胞)では、ジャンクションのテンションが大幅に高まり、大きな分子がTJを通り抜けにくくなることが確認されています。これは、ARHGAP12がないとN-WASPが野放しになり、アクチン繊維が過剰に集まってテンションが高まり、壁がより「閉まる」ためと考えられます。
ARHGAP12は「分子のゲートコントローラー」
このように、ARHGAP12は、まるで門を開く大きさを調整できる「コントローラー」のように、TJにおけるアクチン繊維の集まりとテンションを微調整し、小さな分子から大きな分子までがTJを通り抜ける量をコントロールしていると考えられます。このARHGAP12の働きを理解することは、TJの機能不全が関わる病気の原因を探ったり、新しい治療法を開発したりする上で、非常に重要な手がかりとなります。さらに研究が進み、このゲートの開閉をコントロールできる物質ができると、化粧品の真皮への浸透機構を調節できる画期的な化粧品の開発につながる可能性を秘めています。